2018年05月12日

パターソン

映画「パターソン」のDVDを観ました。


最近、色々な映画を観ているものの、バカバカしい娯楽作品ばかり選んで見ていたせいか、感想を書いていませんでした。久々に心に残る映画を観たので、感想を書きます。

登場人物が素敵です、犬もかわいいし。道で出会った 少女とのシーン が好きです。

この映画では、詩がテーマになっているので、言葉(セリフ)が多いのですが、それらは詩ですから、ストーリーを説明する意味を持っていません。むしろ無言に近いと考えていいでしょう。言い換えれば、無言もまた詩に近いということです。

ジム・ジャームッシュ監督といえば、1984年の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(Stranger Than Paradise)が印象的でした。
ストーリーらしいストーリーがなく、セリフの無い、無言のシーンが多く、何が言いたいのか、よくわかりませんでした。つまり、何かを言いたいのではなく、ただそれを見せたいということなのでしょう。


やはり、パターソンも、物語性の無い坦々とした映画でした。
どうして、こういう映画を面白いと思うのか? 不思議です。
でも、僕は、こういう映画が好きです。
実は、映画にとって、ストーリーは、あまり重要ではないんじゃないかな? と思うのです。
もちろん、ストーリーが面白いから好きな映画もありますが、観た後で、心に残っているのは、あのシーンが良かったとか、あのセリフが良かったとか、全体としてよりも、断片的なシーンだったりします。ですから、そのようなシーンの集積のような映画は、心に残る良い映画になるはずです。ストーリーは、それらを繋げて、見る者を引き込む流れです。それが、急流であったり、あるいは淀みであったり、緩急があったり、作品によって、差があるのではないでしょうか? ただそこに浮かんで、漂うように、同じ景色を眺めているだけで、何処にも流されない映画もあるのです。
 
【追記】(5月12日)少女について。

この「パターソン」という映画にも、少女が登場します。
パターソンは詩人ですが、創作のインスピレーションを与える女性は、パターソンの妻です。古代ギリシャ神話の詩の女神「ミューズ」に喩えて、このような女性をミューズ(芸術の女神)と呼びます。芸術家にとって、ミューズは恋愛の対象であり、愛を還元してくれる女性です。夜の散歩で立ち寄る酒場で出会う女性は、その女性の元の恋人の男性を破滅に向わせ運命の女「ファムファタル」です。ファムファタルも恋愛対象ですが、愛を搾取するだけの女性です。そのような、いずれの恋愛対象でもない、幼い少女が登場します。それは、私の解釈によれば、古代ギリシャ神話の勝利の女神「ニケ」に喩えられます。つまり、勝利に導いてくれる水先案内人です。映画タイタニックでも、船の先端で、ニケを演じるシーンがありましたが、ニケ像は、船の舳先に彫刻されたり、港に設置されて、艦の帰港を出迎えたりします。あくまでも私の解釈ですが、ニケは処女(穢れない女性)を意味しています。つまり、死(穢れ)を除ける、魔除けの効果があり、死なずに帰還できることから、航海の無事を守ってくれる守護神です。死に迷い込もうとしている男性が、少女に心を惹かれることによって、その迷路から抜け出し、救われるのです。私が絵に少女を描くときにも、そのような思いが込められています。
posted by eno at 00:20| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする