2015年12月06日

四神図構想

【 Wikipediaより引用】
※『四神(しじん)は、中国の神話、天の四方の方角を司る霊獣である。四獣(しじゅう)、四象(ししょう)ともいう。
東の青龍(せいりゅう)・南の朱雀(すざく)・西の白虎(びゃっこ)・北の玄武(げんぶ)である。五行説に照らし合わせて中央に黄龍(こうりゅう)(書籍によっては麒麟(きりん)を据える場合もある)を加え数を合わせた上で取り入れられている。
淮南子などによると、方角には四獣と共に季節神として五帝を補佐する五佐のうち四佐が割り当てられている。これらの四佐のほうを四神と呼ぶこともある。また、瑞獣の四霊(応龍・麒麟・霊亀・鳳凰)を四神と呼ぶこともある。』

東は青龍、中央が黄龍または麒麟です。 龍や麒麟の研究は既に書きました。
西は白虎ですが、白い麒麟(索冥)であったとする説を以前「麒麟考」で紹介しました。
※『麒麟は古来四霊の一聖獣とされていましたが、四神ではその四霊から麒麟が外れ、代わりに白虎が入ったとする説があります。本来、四神は、天の四方の星宿を象徴すると同時に、その方角を守る聖獣で、東は青龍の木、西は白虎の金、南は朱雀の火、北は玄武の水とされます。この四神が、五行思想に基づき従来の四霊と結びつくと、五霊という考え方が成立し、麒麟は五行説の土に当て嵌められ中央に配されます。麒麟は、天上世界の中央を守る守護聖獣として表されるようになりました。』

日本では、キトラ古墳の墓室の四方の壁に描かれている四神の図が、最もよく知られています。
方角の守護神として、先に四神の霊獣が決まっていて、それが墓室の壁に描かれたのでしょうか?
墓室の守護神として、先に霊獣が決まっていて、それが方角にも当て嵌められたのでしょうか?

★ 四神「キトラ古墳」
四神キトラ.jpg
 
白虎は、首が長く、翼もあるので、実在のホワイトタイガーではなく、やはり想像上の霊獣です。
南は朱雀です。朱雀と鳳凰はどちらが先なのか判然としませんが、同一視されています。
朱雀は、火を司る鳥とされているので、「火の鳥」の原形が朱雀であると言えるでしょう。
北の玄武は、とても謎の多い不思議な生き物で、亀の胴体に蛇が巻きついた姿で描かれます。

★ 四霊の「霊亀」は背中に蓬莱山を背負う亀の姿で、玄武と良く似ています。
霊亀.jpg
 
霊亀とよく似た霊獣に、龍の一種で亀の姿をした「贔屓」があります。
贔屓も霊亀と同様に、重い物を背負う霊獣で、石碑など背負う土台に見立てられます。

★ 贔屓
贔屓2.jpg
 
天で動かない北極星を天の中心とし、中心を礎と見立て、礎を「贔屓」のような亀に見立てます。
その北極星の周りを回る北斗七星を蛇に見立て、亀に蛇が巻き付く姿を玄武としたのが通説です。

★ 星図(中心が北)
星図中心.jpg
 
そうすると、四神の中で方角を示す根拠は、北極星と北斗七星に喩えて玄武の姿がデザインされた事に始まるのでしょうか?
南半球ならば、南十字星が南の天に固定されていますが、古代中国では南十字星を観測できません。
ならば、南の空は、昼間に太陽が昇る方角なので、火と赤である朱雀が当て嵌まると考えれば納得できます。
残るは、東と西が龍と虎である、合理的な理由が見当たりません。

★ 四神と星座
四神星座.jpg
 
「西水披遺跡」という、6400年も前の古い墓室に、龍虎のレリーフが発見されています。
虎は悪鬼を払うとされ、龍は魂を天に運ぶとされたのが、墓室に作られた理由だと考えられます。
ちなみに、この龍が、中国で発掘された最古の龍とされ「中華第一龍」と呼ばれています。

★ 西水披遺跡
西水披遺跡.jpg
 
春秋時代の西周の禽獣鏡には、龍虎のような生き物と共に、鳥や鹿のような生き物が、四神のように描かれています。
この時代には未だ玄武は無かったと考えられ、鹿のような生き物が麒麟だったと推察できます。

★ 河南省「禽獣鏡」
禽獣鏡.jpg
 
キトラ古墳の墓室に見るように、直方体の四面の壁と天井と床の六面を考えてみましょう。
床は遺体なので、残りは五面です。五面は五方向なので、ちょうど五行が当て嵌まります。
そうすると、初めから、古くからの慣習に倣い、墓室の東西二面の壁は龍虎で決まりです。
天井は星図し、天の中心を北極星として、玄武をデザインし、南には朱雀を当て嵌めます。

★ 墓室デザイン
墓室2.jpg
 
墓室内の五面(五方向)に立体的に配されたデザインを、どのように一面に展開するか?
四神を一枚の絵の中に収める「四神図」の構図を考えます。
 
  ↓ ↓ ↓
 ● この続き、派生して、思ったこと「王道と覇道」。
そして作品制作へと・・・
 
 
posted by eno at 15:17| 考察・小論 | 更新情報をチェックする