2020年08月26日

寝ても覚めても

引き続き、ステイホームでDVD鑑賞してます。

映画「寝ても覚めても」と「ラストレター」のDVDを観ました。
「寝ても覚めても」は、2018年の映画ですが、原作小説は2010年です。
映画では、東日本大震災が描かれていますが、原作が書かれたのは、震災の前です。



主演は、唐田えりかさん、東出昌大さん。
東出さんは一人二役です。
東出さん演じる「麦(バク)」は、ドラマ(漫画が原作)の「凪のお暇」に出てくるゴンにそっくりです。
クラブでDJをやってるシーンとか、ゴンかと思っちゃいました(笑)
もう一つの役「亮平(りょうへい)」は、その正反対のタイプです。
唐田さん演じる「朝子(あさこ)」は、現実の唐田さんと、非現実の朝子が重なって、唐田さんは、あの作品の中に閉じ込められて、出て来られなくなっちゃったみたいな感じです。
今、どこでどうしているのでしょう? また、映画やドラマに戻って来て欲しいです。

この映画は、現実的なようで、すごく幻想的で「死」とか「あの世」みたいなメタファーを感じます。
東日本大震災は事実だし、見る我々にとって現実の出来事です。
でも、現実なのだけれど、逆に非現実的です。
朝子と亮平は、たくさんの人々が死んだ仙台に、ボランティアに行くのですが、なんだか、仙台があの世みたいな感じがするのです。
そして、朝子も麦も、まるで幽霊みたいな感じがします。
突然姿を消したり現れたりする麦は、朝子にとって亡霊と同じようなものですから・・・

川というメタファーもそうです。あの世や、輪廻転生のメタファーです。
友達がALSになったり、友達に子供が産まれたり、そういうこともみんな・・・

冒頭のほうのバイク事故も、実はあの事故で二人とも死んでた、みたいなオチにもなりそうな死のメタファーです。

麦と朝子が出会ったのは川で、別れたのは海です。
この作品のストーリーに、なぜ東日本大震災が必要だったのかと考えます。
たとえば要素として、原発事故は必要無いけれど、あの世とこの世を隔てるような防潮堤は必要だったのです。
夜の高速道路を走ることも必要な要素「高速おりたん?」というセリフとか・・・

映画は、原作小説とかなり解釈が違っているみたいです。
映画は、映画のみで解釈したほうがよさそうです。
小説は、朝子の一人称(主観)で書かれているようです。
映画では朝子も含め、全体が客観的に描かれています。
小説も読んでみたくなりました。


「ラストレター」もおすすめの作品です。



広瀬すず森七菜姉妹の映像が無敵です。

今は誰でもスマホを持っていてSNSで連絡できる時代ですから、手紙のやりとりですれ違いを作ることがこのストーリーの肝です。
姉と妹を勘違いとか、無理やりな(都合よすぎる)ところもあるけれど「隔たり」があって「繋がり」がある、って感じです。

しかし、おそらく監督は、それほどストーリーに重きを置いていなくて、辻褄が会わなくならなきゃいいくらいで、ご都合主義を弛く使っています。
この作品の中で、渾身の力を込めて撮ったのが、水を抜いたプールで、浴衣の姉妹が花火をするシーンです。
ストーリーと全く関係ないサービスカットですが、あれが撮りたかったのでしょう。
セルフオマージュです、浴衣も、プール&花火も。

犬の面倒みさせられて「罰を受けてる」と言うシーンが、心温まります。
ラストレターでは犬、寝ても覚めてもでは猫、どちらも世話を押し付けられます。
あの犬は見た目派手で、インパクトあったけれど、猫の演技力で濱口監督が勝ち(笑)
ちなみに、福山雅治勝負では是枝監督が勝ちだけど、広瀬すず勝負では岩井監督が勝ち(笑)
posted by eno at 12:17| 映画 | 更新情報をチェックする