2018年04月30日

呪い(まじない)について

『呪い(まじない))』って、どのように理解していますか?

言葉にすると、それが現実になることを「言霊(ことだま)」と言います。
たとえば「将来〇〇に成る」「絶対成功する」「どうせ失敗する」とか、言葉に出すことです。
声に出さず、文字にも書かず、心の中で念ずるだけでも、心理的な暗示効果があります。しかし、それを表明して、他者にも聞かせ、読ませることで、心理的な暗示効果は、より強まります。他者に伝えることは、約束をしたことにもなります。約束したことは、守りたくなります。更に、もし他者が、反対のことを考えている場合は、相手と自分と、どちらの考えが当たるのか、賭けになりますから、勝ちたい心理が作用します。もし、世間の大方の予想の裏を張って、鼻を明かしてやれば、優越感を得られます。

呪術とは、おまじない(呪詛、祝い)のことです。
たとえば、実際に病気で死にそうな人を、「病気で、もうすぐ死ぬ」と言ったとしても、それは、現在の状態を述べただけです。しかし、それに対して、呪文を唱えて「これで病気が治る」と告げれば、その言葉は、呪術性をおびます。逆に、元気な人に対して「もうすぐ病気にかかって死ぬ」と予言すれば、その言葉も呪術性をおびます。
それと同様に、本当にバカな人に対して「バカ」と言ったり、本当の悪人に対して「悪人」と言っても、それらが客観的な事実ならば、呪術性はありません。しかし、そうとは限らない人に対して「バカ」や「悪人」と罵れば、言霊によって、仮定を現実にしようとしているので、悪意の込められた呪詛になります。
善い事を褒め讃えたとしてもても、やはり呪い(まじない)になります。お祝いの言葉は「寿ぎ(ことほぎ)」となり、悼みや、祈りの、儀礼的な言葉も、呪術性をおびます。

怨念を、言葉にして投げつけるのは、暴力と同じで、呪詛になります。それは言うまでもありません。
しかし、反対に、人の善行に対して、褒めるのも、褒美を授けることで、上から目線の行為ですから、やはり良くない呪いです。ですから、褒めない代わりに、同じ目線に立ち、感謝の意を伝えましょう。
喜びや悲しみは、偽りのない感情を伝えるように努め、偽善的な言葉を言わないようにしましょう。
物事の良い悪いは、たとえ相手を怒らせたり、喧嘩になるとしても、事実を率直に言い、自分が悪いと気づいたら、素直に謝りましょう。

最も避けなければならないのは、自分の心に嘘をつくことです。それは、自分で自分に呪い(まじない)をかけたことになります。
それと、病気、事故、天災、戦争・・・ などの災いが、起きるとも、起きないとも、予想してはいけません。
たとえば、古代には、雨乞いの儀式というものがありました。生きた人間を、人柱として生贄にします(殺します)。そのような呪術は、現代では、あってはいけません。人は、予言をすると、無意識のうちに、予言を成就させようとして、思考を歪めてしまいます。終末思想がそうです。この世界が終わるとか、何かが滅びるとか、失うとか、脅して、だから呪術でそれを阻止したとか、歪んだ考え方です。

そんなことを言っている私ですが、年の始めに必ず初詣をして「おみくじ」を引きます。毎朝テレビで「めざまし占い」を見ます。
占いも、呪い(まじない)の一種ですが、忘れていた戒めを、何か一つ思い出させてくれます。一年に一つ、一日に一つ、それらのテーマを、心に留めておきたいのです。
神仏の前で祈ることは、自分自身の深層心理に溜まった、邪(よこしま)な心をスキャンして、クリアする(清める)ことです。
心のハードディスクから、不要なファイルや、悪意のあるソフトを削除して、出来る限り空き容量を増やしてクリーン(空)にしておきたいものです。

 

 
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posted by eno at 00:55| 思った事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする