2017年10月27日

ブレードランナー2049

待ちに待った続編、封切り日の初回上映を観てきました。


さて、ネタバレ無しで、何をどこまで書けるか・・・
とりあえず頑張って書いてみます。

前作では、最初のほうのタイレル社のシーンが夕陽で、その他は殆どのシーンが夜で、雨が降っていて、ラストシーンで雨がやんで、夜が明けて、終わります。続編では、昼間のシーンが多く、雨ではなく、雪が降ります。メカデザインは、外観的には前作とあまり変わりませんが、ブラウン管は無くなり、液晶画面になりました。街には3Dフォログラムが溢れています。描かれている世界は、ずいぶん変わったなぁ〜、という印象です。

一作目は、フィルムノワール的な雰囲気や、タルコフスキーの「ストーカー」を思わせるような表現が見られたり、未来的というよりも、ノスタルジックな映画でした。続編は、もっとSF的で未来的です。それは、良くも悪くもあるのですが、未だCGが無い時代の映画と、CG技術の発達した今日的な映画の違い(差)があるのでしょう、映像は美しいです。

Stalker


結局、内容については殆ど語れません、ネタバレの壁があります。
哲学的な深まりがある、とても良質、とだけ申し上げておきます。

また、もう一度観て、もう少し踏み込んだ(ネタバレも含む)レビューを書くつもりです。 
  
※ これはネタバレではなく、公認で公開されている、短編フィルム三本⇒ 続きを読む
posted by eno at 19:33| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

観○光 ART EXPO 2017 京都展 ― 縁 ―

京都、御寺泉涌寺に行きました。
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観○光 ART EXPO 2017 京都展 ― 縁 ― が開催中です(参加しています)。

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御寺泉涌寺本坊小方丈、五行の庭に面した一番奥に、ひっそり展示。

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出品作「泉涌図」40F・パネル・キャンバス・アクリック・墨・その他。

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泉涌寺長老、上村貞郎猊下と。

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御来賓の門川大作京都市長と。

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オープニングパーティーが始まりました。

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パーティーが終わって、京都の夜、あっぱれ屋で深夜まで。

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泉涌寺の名前の由来である泉の水が、泉涌水屋形の前に湧き出ています。

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月輪陵(つきのわのみさぎ)後月輪陵の拝所の前で。

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ラジオ関西「寺谷一紀のまいど!まいど!」の寺谷さんと、吉川亜樹さん。

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御座所の庭で紅葉を眺める吉川亜樹さん。
 
posted by eno at 22:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

黒猫

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「黒猫」4F・2017年・アクリック。
東京藝術大学130周年。
★「 東京藝術大学チャリティーオークション展
11月10日(金)〜13日(月)
10:00〜17:00(入場は16:30まで)
東京美術倶楽部 東美ミュージアム4階
東京藝大ゆかりの芸術家(卒業生、教員)110名が若手芸術家支援のため出品。
※ 制作プロセス https://www.facebook.com/enokitoshiyuki/posts/1451417774895522
posted by eno at 21:53| 動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月09日

ゴンドラ

昨夜は、下北沢の映画館トリウッドで、「ゴンドラ」を観ました。
1986年制作の映画を、30年を経てリバイバル上映です。結論から言うと、とても面白い映画でした。しかし、面白いといっても、万人受けするタイプの作品ではありません。監督が撮りたいように、妥協無く撮った作品なので、観る側の感性が合えば、素直に理解できるし、合わなければ、理解できないかも知れません。理解というよりも、感じ取る、といったほうがいいですね。セリフは少なくて、感じる(考える)間があって、観終わった後も、ずっと考えさせられます。「答えはこうだ」的な説明が無く、観る側が自分で考える作品です。この映画には、リピーターが多いのですが、もう一度見て、答え合わせがしたくなるのかも知れません。そして、もう一度観ても、やはり答えは説明されないので、観た時の自分が、また考えさせられるのです。だから、何度でも観たくなるのしょう、たぶん、わかんないけど。
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映画を観る場合、自分が映画に入って、楽しんで、出てくる(帰ってくる)のが、娯楽です。遊園地に行って帰ってくるような感じです。それに対して、映画が自分の中に入ってくるのが芸術です。僕が常日頃言っていることですが、芸術はMEMEです。芸術は、自分に入り込んで、自分の一部を書き変えます。観る前と、観た後と、同じではなくなります。世界の見え方が、少し変わるんです。
この映画を推薦してくれた 笹本 正明 さんと、 伊藤智生 監督と、出演している 木内みどりさんと、記念撮影しました。楽しい夜でした、ありがとうございます。
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これは、僕が答えを模索する中でふと思ったことですが、この作品が制作された1986年は、チェルノブイリ原発事故が発生した年です。そして、当時学生だった私は、青森県の六ケ所村の核燃料所再処理工場の建設計画に反対署名する運動に参加しました。
この映画の聖地(ロケ地)青森県の仏ヶ浦(仏ヶ淵)は、下北半島の西側の海岸で、間に陸奥湾を挟んで、六ケ所村は東側の海岸ですが、やはり地元の漁業にも風評被害などの影響があっただろうと推測します。この映画の中では、政治的なメッセージは一切伏せられていますが、状況証拠として、そのような状況の中で、監督の考えは反映していると思います。昨夜の木内みどりさんのお話しからも、ひしひしと感じました。

撮影にも使用された海岸が、今は原発が建てられて、無くなっているそうです。近くでは「原発建設反対」の幟旗もはためいていて、その場面も撮影したそうですが、映画では使われていません。

あえて描かない、あえてレビューに書かないのが相応しいと思います。感じる人が感じること、それが正しい(普遍性かな)と思います。昨夜の木内さんの話を聞いていたら、つい、そのような問題にも言及したくなってしまいました(^_^;)

主人公の少女「かがり」を演じた村上桂子ちゃん(当時13歳)は、特に可愛過ぎず、誰かのようではなく、誰のようでもある、普遍的な少女像です。
たとえば「千と千尋の神隠し」の千尋も、そういうイメージです。どこにでもいそうな、普通の10歳の女の子です。

この世と、あの世と、「千と千尋の神隠し」も「君の名は。」も、まるで「ゴンドラ」の真似をしたのではないのか? と思わせるほどに「ゴンドラ」は、既に、30年前に、その世界観を描いていました。

人間に解決できない問題も、最終的には自然が包み込んでくれます。現実には、解決できない問題が山積みですが、仄かに明るい気持ちで、映画は終わります。エピローグは、描けば描けるだろうけれど、あえて描かずとも、観た人が、それぞれに考えればいいし、考える必要は無いのかも知れません。

posted by eno at 18:55| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

過去・現在・未来

中央の猿が現在(現世)です。
向って左の猿が過去(前世)、向って右の猿が未来(来世)です。
画面の中央を流れ落ちる水(滝)は、天と地を循環する時間です。
滝を取り囲むように、樹の幹が、過去と未来を交叉させています。

今の私、これまでの私、これからの私。
初めての個展から数えて、今年で、画業30周年を迎えます。
長い道程の、今が半ば、折り返し点だと、自分に言い聞かせます。
森の奥深く、時間と、空間を、行きつ戻りつ・・・
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「泉涌図」40F・2017・パネル・キャンバス・アクリック
10月16日(月)〜29日(日)京都、御寺泉涌寺に展示します。
観〇光 ART EXPO 2017 京都展 http://kanhikari.com/?page_id=11
https://www.facebook.com/enokitoshiyuki/posts/1443974948973138
posted by eno at 23:08| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする