2017年07月23日

恐竜は実在したのか?

誰ひとりとして、実物の恐竜を見た人間はいない。しかし、恐竜が実在した痕跡として、化石が発見されている。その化石を基に、生きていたときの恐竜の外形を復元してみると、現在我々がイメージするような姿形になる。しかし、手掛かりとなる骨格以外は、全て想像だ。また、これまでに何度も、骨格の組み立て方を間違っていた例があるし、立ち上がったときの姿勢も力学的に計算してデタラメだったりして、改められている。筋肉の付き方も推測なら、ましてや表皮のテクスチャーや色など、勝手な空想をしているだけに過ぎず、確たる根拠など無い。それでも、恐竜が実在しなかったと疑う人は、おそらく誰もいないだろう。それは、現在の我々が、物事を科学的に検証して判断するからだ。化石という動かぬ物的証拠が有る以上は、その骨格の持ち主は実在していたという結論に疑いの余地は無い。それならば、古代の人々だって、偶然に発見した巨大生物の化石を、龍やドラゴンの化石だと判断しても何の不思議も無い、それが当然である。そして、古代人が龍やドラゴンを想像するのも、現代人が恐竜を復元するのと全く同じ事だ。違いがあるとすれば、おそらく古代人は、骨の組み立て方を間違えていただろうし、生物学そのものが無いのだから、現代人から見ると、生物としてかなり矛盾した形を想像してしまっているところだ。さらに勝手な想像が許された時代だから、龍やドラゴンは、飛んだり火を噴いたり、魔力まであったことにされている。でも、その程度の間違いが有ったところで、現在の我々だって、何が正しいのか確かめようも無いのだ。従って古生代の地層から発見された巨大生物は、現在では「恐竜」と名称を改めただけであって、古代の「龍」も「ドラゴン」も実在していたことは、間違いのない事実なのだ。
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2017年07月01日

詩羽のいる街

山本弘さんの小説「詩羽のいる街」も紹介しておきます。
SF作家として有名な山本さんが、2008年に書いた、最初のSFではない小説です。2008年は、日本でiPhoneとtwitterとFacebookが開始した(未だ普及していない)年で、その頃はテレビだって未だブラウン管だし、アナログ放送の時代です。だから、スマホではなく携帯電話です。SNSではなく2ちゃんの掲示板やブログです。でも、オタクやネット界隈の現象は、その後の10年を先見したように描かれています。

第一話〜第四話まで、全部で四話、四人の登場人物の視点で語られます。
美大を出たばかりで、漫画家を目指している青年。自殺しようとしている、女子中学生。正体を隠してネットを荒らしたり、悪さをする男。最後の一人はネタバレになるので正体を明かせませんが、出版社関係の女。一つの地方都市で、偶然に係わり合う彼らと、その他にも何人もの登場人物が絡み合っていて、それらの中心には、常に詩羽という名の女性がいます。

詩羽がどこから来て、どこへ行くのか? 詩羽が何者なのか?
それらは殆ど説明されていません。でも、詩羽が今、何を考え、何をしているのかは、明確に説明されています。詩羽は謎めいているようでいて、合理的です。詩羽がやっている事は、見掛け上は複雑ですが、行動原理は単純明快です。特技ともいえる才能と、少々都合のいい運が味方していますが、現実的に実行が不可能ではないと思わせるアイデアに、目から鱗が落ちます。

読んでよかった、何かヒントを貰ったような、ポジティブになれる読後感です。
余談ですが、2013年に、百田尚樹さんが「夢を売る男」を書きましたが、そのアイデアが「詩羽のいる街」の中の一つのエピソードをヒントにしたのではないか? と思わせてしまうんですよね。オマージュってやつですか(笑)


posted by eno at 21:44| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする